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2003年11月15日・16日に行われた「メルボルン国際平和会議」の報告です。

「Kaz Prestonさんの国際平和会議レポート」
オーストラリアの邦人紙・Southern Sky12月号に掲載されました!


《第一日目》
歓迎のあいさつ(司会:ティム・コリンズ)
主催者あいさつ
マーカス・アトキンソン(国際平和巡礼)
1.ケビン・バズコット(アラバナ族・2001年「核のない未来賞」受賞者)からのビデオメッセージ
2.スピーディ・マックギネス(「核産業の生存者たち〜ヒロシマからマラリンガへ」)
オーストラリア北部準州に暮らす、父親の出身地、ラムジャングル旧ウラン鉱山からおよそ10キロ離れた土地で日本人の妻と暮らす。1950年代から繰り返しマラリンガやエミュージャンクションで行なわれた核実験で、このウラン鉱山で掘られたウランが使われたことを知り、砂漠の奥地にまで出かけて行って、被爆した先住民の移住を手助けしたり、彼らの証言を広める活動をしている。普段は自然の中で暮らしながら、先住民の言葉と英語の通訳をつとめている。
3.南オーストラリアの先住民の女性長老グループ「クーパピディ・クンガチュタ」から、連帯のビデオメッセージ
4.エミリー・ジョンストン(「クーパピディ・クンガチュタ」の活動を支える女性達を代表して)
5.質疑応答
6.石井ポンペ(アイヌ文化交流センター・札幌「アイヌ民族の歴史と文化の紹介」)
7.質疑応答
(昼食)
8.オレリオ・デナーシャ(北米先住民オジブウェ族「先住民のスピリチュアリティと叡智」 )
北米先住民オジブウェ族として、アメリカ・ウィスコンシン州に生まれる。長く先住民の運動に関わるなかで、様々な儀式にかかわり、若い世代に文化や言葉を伝える活動もしていた。2000年にオーストラリアで行なわれた「セイクレッドラン」をきっかけに、オーストラリア人の妻とともに、オーストラリアへ移住して、この大陸の先住民と関係を深めながら、オジブウェ族としての文化や歴史への理解につながる活動を続けている。現在、2人の子供と四人家族で暮らす。
9.キャシー・マレイラ・バンジェロング(バンジェロング族「ティンバラ金山停止の勝利と先住民権」)
10.スピーディ・マックギネス(「ヤミ・レスターとラムジャングル旧ウラン鉱山」)
11.佐藤法行(義栄山高信寺/祈りのセンター・広島「広島原子爆弾の被爆証言」)
学徒動員で出向いていた呉から広島市内への帰宅途中、広島駅で被爆。地下のトンネルの中で一命を獲りとめるが、その後親戚を探して市内を歩き回るうちに被爆。何十年ものあいだ、後遺症に苦しむ。
初めての海外における被爆証言であったが、今回メルボルンに滞在した3日間で、ラジオのインタビューや会議での証言など活躍された。現在、広島市内の「祈りのセンター」にて、毎月6日に諸宗教の平和への祈りの会をおこなっている。
13.ジェニー・ラン(アボリジニ仮設大使館の支援者「詩:嗚呼、白人よ、聖地を知らないか?」)
14.イザベル・コゥ(アボリジニ仮設大使館・キャンベラ「オーストラリア先住民権闘争の歴史と、平和への道」)
15.スー・チャールズ(ビクトリア州「先住民としての思い」)
16.ロビー・ソープ(アボリジニ主権運動家・ビクトリア州)
17.デニス・ウォーカー(アボリジニ主権運動家・クィーンズランド州)
18.ワジラビナ(グンガリダ族・北部準州「わたしの人生と先住民の歴史」)
《第二日目》
1.ビデオ上映"We of Little Voice" (オーストラリア・2003年)
出演:ケビン・バズコット
   クーパピディ・クンガチュタ
   ヤミ・レスター
   アンドリュー・スターキー
   デイブ・スウィーニー 他
2.ヤミ・レスター(エミュージャンクション核実験のヒバクシャから連帯のメッセージ)
3.リン・アリソン(オーストラリア民主党副代表・上院議員「オーストラリアの核政策」)
4.井上年弘(原水爆禁止日本国民会議・東京「原水禁運動と日本の原子力政策」)
5.海外からの連帯のメッセージ
ジェス・デュース(アオテロア・ニュージーランド)
原子力資料情報室(東京) ほか
6.ジム・グリーン(地球の友アデレード「ルーカスハイツ原子炉と放射性廃棄物問題」)
7.ロレッタ・オブライエン(地球の友メルボルン「低レベル廃棄物の輸送への危険性」)
8.デイブ・スウィーニー(オーストラリア自然保護基金「オーストラリアの核問題」)
9.Chihaya(在オーストラリア・平和運動で活躍するシンガー)
10.ジェコブ・グレッチ(オズピース「アメリカの宇宙軍拡計画とオーストラリア」)
11.ティルマン・ラフ(戦争を防ぐ医療従事者の会代表「地球的規模における核」)
12.ジェフリー・マッケンジー(発言する軍人家族の会・アメリカ「イラク戦争と息子」)

《ジェフのコメント》


《ジェフのメルボルンでのスピーチ訳》

13.佐藤法行(義栄山高信寺/祈りのセンター・広島「広島原子爆弾の被爆証言」)
14.野川温子(国際平和巡礼「一人芝居・サダコと千羽鶴」)
15.ワジラビナ(グンガリダ族・北部準州「この大地の祈りと巡礼者たち」)
16.感謝のことば
   スピーディ・マックギネス
   石井ポンペ
   オレリオ・デナーシャ


17.閉会と感謝のあいさつ
マーカス・アトキンソン(国際平和巡礼)



Ah, white man, have you any sacred sites?
A poem by Denis Kevans, 1985


Ah, white man, I am searching for the sites, sacred to you,
Where you walk, in silent worship, and you whisper poems, too.
Where you tread, like me, in wonder, and your eyes are filled with tears,
And you see the tracks you've travelled down your fifty thousand years.

I am searching round Australia, I am searching, night and day.
For a site, to you so sacred that you won't give it away
For a bit of coloured paper, say a Church you're knocking down,
Or the Rocks, your nation's birthplace, by the Bridge, in Sydney town.

Your cathedrals I have entered, I have seen the empty aisles
Where a few knelt down in sorrow, hwere were all the children's smiles?
Big cathedrals, full of beauty, opal glass, and gleaming gold.
And an old man, in an overcoat, who had crept in from the cold.

Your schools, I drifted through them, heard the sound of swishing canes,
Heard the yell of angry teachers crushing flowers in their brains.
Heard the bark up on the rostrum where the powers had their say.
Wouldn't children's hearts be sacred, though they're made, like mine, of clay?

Where's your wonder? Where's your worship?
Where's your sense of holy awe?
When I see those little children torn apart by fear of war,
What is sacred to you, white man, what is sacred to your clan?
Are you totems rainbow-feathered? Is there dreaming in you, man?

Sacred ... sacred ... sacred ... gee you chuck that word about,
And when echoes answer sacred ... sacred louder still you shout,
And the echoes come in patterns, and then, louder, every one
Till they meet, like waves together, and go bang! just like a gun.

Sacred ... hesitating ... now, a film is reeling through
My brain, and through my memory, ofour sacred rendezvous,
Of our meeting, of our parting, of my tears, as sweet as ice.
Of my numb incomprehension of a shattered paradice.

Sacred, oh so sacred, was our sacred rendezvous,
And your ferocious anger when you found we weren't like you,
But if I should make an act of faith, in a voice, both firm and clear,
That there's something sacred to me, you start drowning in your beer.

What is sacred to you, white man, what is sacred to your heart?
Is Australia just a quarry for the bauxite belts to start?
Where the forests are forgotten, and the tinkling of the bell
Of the bell-bird in the mountains, is just something more to sell?

Ah, brother, I am searching for the sites, sacred to you,
But the rivers, clear as crystal, smell like sewerfulls of spew
From the pipe and pump polluters, and the nukes that fleck the foam,
Would you let a man, with dirty boots, go walking through your home?

Sacred means that ... sacred ... it's a place where spirits rise,
With the rainbow wings of sunset, on the edge of paradice,
Sacred ... that's my father, that's my mother, that's my son,
Sacred ... where the dreaming whispers hope for everyone.

In the silence of the grottoes of Australia's mighty land,
Stand together with the kooris, stand together, hand in hand,
Open eyes to endless beauty, and to spirits, far and near,
For Australia is my country, it is sacred to me here.

Ah, white man, I am searching for the sites, sacred to you,
Where you walk, in silent worship, and you whisper poems, too,
Where you tread, like me, in wonder, and your eyes are filled with tears,
And you see the tracks you've travelled down your fifty thousand years.

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《ジェフのコメント》

「発言する軍人家族の会」の呼びかけ人の一人として、そして「ブリング・ゼム・ホーム(彼らを家へ帰そう)」キャンペーンの一員であり、そして現在は国際平和巡礼の行進者の一人として、日本の皆さんに自衛隊のイラク派兵へ反対するよう、強く求めます。

私はアメリカ市民であり、また息子がアメリカ軍におります。
イラク人の多くはフセイン政権が去った事を喜んでいますが、同時にアメリカ軍、そして協力している全ての国の軍隊に撤退を求めています。アメリカを支持するという事は、彼らが国際法を破り、また国連の権威を著しく冒し、以前から同盟関係にあった国々を欺いたことを支持することになります。
日本がアメリカを支持するという事は、アメリカとの関係を強化し、安い石油を確保できるなど国益につながるかもしれません。しかし、これまで世界じゅうに敵国を作り、そして最近のテロを結果として招いた帝国主義を支持すればどうなるか、日本は長期的に見てその代償を考えるべきです。
広島を、そして長崎を思い出して、人類全てにとっての平和と正義への道を選びましょう。

ジェフリー・マッケンジー(「発言する軍人家族の会」共同代表)
2004年1月8日




As a co-founder of Military Families Speak Out (MFSO), part of the Bring Them Home Now campaign and currently a walker with the International Peace Pilgrimage, I urge all Japanese to strongly object to the use of the Japanese Defence Forces in Iraq.
As a U.S. citizen and the father of a son in the military. While many Iraqi's are glad Saddam regime is gone, most have called on the U.S. and its allies to leave. To back the U.S. is to back the fact that they broke international laws, tried to discredit the U.N. and mocked many of its traditional allies.
Japan's backing of the U.S. while it may benefit its ties with the US and provide cheaper oil; you must consider the long-term cost of backing an imperialistic nation which has created many enemies by its actions worldwide, resulting in much of the terrorism we see today.
 Remember Hiroshima and Nagasaki then choose a path ofn peace and justice for all humankind.


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《ジェフのメルボルンでのスピーチ訳》

「発言する軍人家族の会」は、イラク戦争とブッシュ政権の政策に反対する運動として、昨年11月に結成されました。この一年間で他の軍人を家族に持つ人々への広がりは、2家族からおよそ1000家族へとつながり、そして現在でもその数は増え続けています。
今年1月、私の息子が医療避難部隊を輸送する任務を受けて、6月までクウェート/イラクへ派遣されました。

私は数名の軍人家族の会のメンバーと共に、議会のみが宣戦する権力を持つ、と定めた合衆国憲法に基き、大統領の宣戦を止めようとする裁判を起こしました。
これまで続けてきた首都ワシントンや、ニューヨーク、そしてロサンジェルスなどでの抗議行動を、これからも引き続き行なう予定です。私たちは、選挙で選ばれたり、選ばれていない政府の役人へのロビー活動を行い、そしてアメリカ国内や国際社会において、報道メディアを通じて積極的に発言してきました。軍人家族の会の有志が集まって、イラクへ小さなグループを派遣する予定もあります。

私達が現在活動の最も中心に置いているのは、引き続いている軍の展開や占領を一刻も早く止めるよう求める事です。最近になって、軍人家族や帰還兵、従軍兵、そして予備兵が集まり、「ブリング・ゼム・ホーム(彼らを家に帰そう)」というキャンペーンを立ち上げました。ブッシュは、「彼らを連れて行くぞ」と言っていますが、私たちは「彼らを家へ帰そう」と訴えます。

ここで、この4月2日に日本で放映されたテレビ番組から、短いニュースをご紹介したいと思います。
このニュースは、首都ワシントンのベトナム戦争記念碑から始まります。そして、首都ワシントンで開かれた「悲惨な苦悩作戦」のために集まった、軍人家族や帰還兵を追っています。そして、最後にニューヨーク州ガスポートの私の自宅で終っています。

(ビデオ上映)

今月に入って、敵の砲火によって2台ものアメリカ軍のヘリコプターが撃ち落され、たくさんの犠牲をはらう結果となりました。今年の始めは、こういった事件が起こるたびに、長く眠れない夜がありました…ヤフーニュースの見出しには、
「アメリカ軍のブラックホークヘリが9分前に撃ち落された」
そう出ていたのです。

私はすぐにその夜、自分の思いを書き留めましたが、翌日それに説明を書き加えるまで息子には送信しませんでした。

「ジェレミーへ。
君が無事でいる事は嬉しいけれど、家に帰るまでは危険が付きまとう事は、私も充分承知している。
昨日の晩に送ったメールは、下に付いている元々書いたものと少し違っていた。
昨日はどうも送る気がしなくて、送るべきかどうか迷っていたんだ。今日また読み直しながら、もう一度考えてみる時間があった。そして、送るべきだと決心したんだ。しばしば本心を語らずに、後で後悔するなんていう事もあるからね。(まぁ、たまには自分が何を望んでいるのか相手に伝えて、それで後悔する時もあるけどね)

今こうして、君が毎日危険と向き合って、一生君に影響を与えるような事を経験しているのだろうと、私は気がついている。君をはじめ、湾岸にいる君等がこんな事を経験しなければならない事を、心から嫌だと思いながら、それを止めようとしているのに何もできなくて、すっかり無力に感じている。毎日こうして24時間テレビで見ているだけでも、この危険とかけ離れたところでさえ、私たちはこれだけ影響を受けている。

君や君の同僚が決してその任務を選んだわけではない事、そして行って任務を遂行することを拒否しようとすれば、厳しい処置があることも分かっている。君たちは、多くのアメリカ人の様に上司と意見が食い違ったり、会社の方針に付いていけなければすぐに辞める事もできない。しかし、その中にも子どもたちを食べさせていかなければならない母親のように、毎日職場で体に触られたり、辱めを受けても、それ以外の行き場がなければ、選択を持たない人達だっているのだろう。

だから私の怒りは、現場にいる人間ではなく、いない人間に向けられている。彼らは君達を利用して、自分等の目標を達成しようとしている。

私はペンを使ってこの狂気と銃弾を止めたいと思っているから、この手紙が新聞に載る可能性は高い。この政権は、メディアを有効に使っている事に、私は気づいている。サダムとビン・ラディンの実在しないテロとのつながりが、何度も何度も繰り返されるので、5割以上のアメリカ人がそれを信じるようになってしまった。(もし何の根拠もない事も、充分に繰り返せば徐々に真実だと思えてくるのである)大量殺戮兵器が発見されることも、使われることも無いので、この政権はすっかりサダムがどれだけ邪悪な人間か、他の誰よりも多くの死に責任があるかを徹底的に叩き始めている。(これはまだ生きている指導者達に、数字を合わせているが)アメリカの目標もころころと、よく変わっていく。

ジェレミー、私は君を愛しているし、単に父親として君を守ろうとしているだけだという事を、いつも思い出して欲しい。これまで私が犯した失敗や、これからの失敗も、私なりに努力していることを分かって、どうか許してほしい。気をつけて、どうか安全に飛んでくれ。君自身と、君についてくる同僚にしっかり気をつけて。心を頑なにしたり、物事を白黒で見ようとしてはいけないよ。
愛と平和、父より」

「ジェレミーへ。
大学でコピーをとっている時に、偶然この記事を見つけたよ。こうしてまた、何時間か心配するしかないんだろうけどね。ただただ、君がこのヘリに乗っていなかった事を願うばかりだよ。他にもたくさんの家族が、同じ事を心配しているだろうと思う。おばあちゃんがテレビを見ていないと良いんだけど、きっと見ているだろうけどね。

失われた命にそれだけの価値があったんだと言えればと思うけど、それは言えない。またこの数日でたくさんの犠牲が出るだろうが、率直に言わせてもらえば、イラク人の犠牲に比べれば、アメリカやイギリスの犠牲なんて、全体のほんの一部でしかないのではないか。

でも、我々のメディアは彼らの犠牲を無視して、共和国軍の破壊を騒ぎ立てている。もしわれわれの犠牲が多ければ、アメリカ国民は叫びだすだろうね。もっと血を求める者もいるだろうし、また反戦や平和運動に参加したりもするだろうけど、きっとアメリカ人の命を犠牲にしてまでの価値がないと思うだけで、やはりイラク人については全く気にする事はないだろう。
正直に言って、もし君や君の同僚がここではなくイラクに生まれていたら、きっと君達の信じるもののために戦うことは、正しい理由であり、神の意志であると考えるだろう。もしかしたら、どうしようもないほどの力に追い詰められたら、どんな選択があるというのか、きっと自爆テロだって有り得る話だろう。

もっとポジティブで調子よくいるべきだが、すまない。我々の自由を守るために倒れた「英雄」を称え、そしてこの国家が強大である事が、今一度示された事を信じるべきなのだろう。暴虐な独裁者から、可哀想なイラク人を解放しているんだ。(殺したイラク人以外は)いや、それが理由ではなかった。大量殺戮兵器だっただろう。そうだ、でも何も見つからないし、それに兵器が使われることも無かったから、解放が理由に決まっているじゃないか。

家のドアは蹴られ、家は破壊されたけど、それでも市民はこれまでよりもずっと良い生活をしている、と言うのだろう。そして子どもたちは、雨のように爆弾が降り注ぎ、あらゆる方向から銃弾が飛んでくる中で、心に傷を負っている。でも、すぐに食料が届くだろう…12年前には世界有数の国家だったにも関わらず、今は援助を受けている。今日こうしてたくさんの人々がボロと汚さの中で暮らしているのは、我々の爆撃が彼らの生活基盤を徹底的に破壊したからでは、決してあり得ない。もちろん、アフガニスタンの時の様に、空から援助の食料と見かけは同じ色で似せているクラスター爆弾という恐怖が降ってきて、手で触ると全身ばらばらの木っ端微塵になって、これでもうその人のお腹が空くことはなくなるだろう。

アメリカがとりあえず国内を取り仕切ろうとしている事に気がつくまでは、一部の人々はサダムがいなくなった事を喜び、君達を歓迎してくれるかもしれない。彼らの暮らしはどうも野蛮で間違っているので、確実に我々は彼らの暮らしをより良くするに違いないんだろう。

あぁ、誤解しないでほしい。確かに暗い部分に長く陣取っていた連中がいる事は知っている。しかし、結局アメリカがビン・ラディンやサダム、他にもたくさんの名前が挙げられる人々を作り、そして支持してきたことは、歴史を専攻した君なら分かるだろう…地球上で最も強力な政権が、本当は悪の根源なのではないか、そう私は疑ってしまう。もちろん既に、この国の下請け業者が列を成して石油の利益を奪い取ろうとしている。皮肉にも我々が破壊したものを、今度はイラクのお金を使って、我々が再建しようとしているのだ。

もしそれが、鉄に切り刻まれた君だとしたら、私はどうするのだろう?どう反応するのだろうか?誰を責めるべきか、私はすでに分かっている。

これを全て止める手立てがあればと思う。」

軍人家族の会のメンバーの言葉を、いくつかここに記しておきたいと思います。

あるオクラホマに住む母親より。
「まず私の存在は、軍人の母としてではなく、世界の一市民としての立場が優先だという事を言いたいのです。我々の兵士を誇りに思えません。彼らは、何千というイラクの男性や女性、そして子ども達の大量殺戮に加担して、そして彼らの国土のほとんどを破壊してしまいました。私はアメリカ人の命が、他の国の人々よりも価値があるとは思いません。毎回アメリカ人の犠牲が知らされるたび、恐怖におちいって、自分の息子の命が心配です。でも、それに誤魔化されてはいけない。イラクの人々が直面している危険性に比べれば、われわれの若者が直面している危険性は取るに足りません。イラク軍はこの一連の流れの中で、完全に非人間化され、私たちは女性や子どもたちが殺される事を心配しますが、そこには何千人というイラク人の男性や息子たち、夫、父親そして兄弟を失った家族がいるのです。

わたしは我々の兵士たちを応援します。彼らには、サポートが必要となります。そして私には、彼らが今参加しなければならないような事を、一人の人間として、決して自ら進んで決めてやるとは思えないのです。でも、私はアメリカ軍がイラクで行なっている事から、目をそらしません。彼らが立派に任務を遂行している事を、誇りに思えないのです。彼らが山のようなイラク人の死体の中を歩かなければならない事を、私は心配しています。これが若い人たちに何をしているのか、それを私は心配しています。」

母親であり、牧師である女性は、
「聖書のどこを読んでも、他のどの国よりも神はアメリカを祝福している、などと書いていない事は明らかです。この事から私は、全ての人々の正義と平和を求める、世界市民です。」
そう話しました。・

その後彼女は、
「私にとって最大の悪夢は、この不気味な侵略戦争です。私は息子を愛し、そして彼が地雷の撤去や道路や橋を建てる訓練を受けている事を、誇りに思う反面、この技術がイラクの人々を破壊する、という考えが、私自身をものすごく破壊します。」
と続けたのでした。

ある母親は、
「この戦争が終った時のことを、私自身よく考えます。特に息子から『お母さん、一生分に充分足りるだけの流血を見たよ』というメールが来て以来、考えています。そして、一生彼を苦しめるであろう悪夢を思うのです。」
と話され、ベトナム戦争を戦った彼女の友人は、PTSDで苦しんでいるので、息子さんや他のイラクへ派遣された兵士が、同じ症状に苦しむのではないかと心配しています。
彼女は続けて、
「無実の市民の前に死を持ち込んだことに、一生涯縛られることになるでしょう。たくさんの人が、その痛みを消すために、アルコールや麻薬に走りました。毎週金曜日の夜、アーリントン・ストリート教会での夕食で、そんな人々をたくさん見かけます。家も無く、仕事に就く事もままならない。社会は見送るときには、旗を振って、音楽を鳴らして…そして帰って来た時には、同じ人々に罵られたのです。

それは、我々が彼らにした事なのです。なのに、洗っていない体や、使い古したコップから身を背けているのです。だから、私が平和のために行進します。私が兵士たちをサポートしながら、嘘つきの政府を批判するのも、非服従市民運動を貫きながら抗議を続けるのも、それだからです。軍にいる私たちの息子や娘には、そんな選択はありません。あのような光景は、彼らを一生苦しめ続けるでしょう。これ以上、どこかの母親の子どもが、そうやって苦しみながら生きていくのは、どうしても許せません。自分たちの子どもが前線で命を張ることも無い、この強欲で帝国主義的な政府のために、どこかの母親のこどもが死んでいくことが嫌なのです。」
と、強い思いを話されました。

現在イラクには、およそ13万人のアメリカ兵が展開しています。オーストラリアからは900人、そしていくつかの同盟国が兵士を配置しています。この占領と兵力配備を終らせるため、お互いを支えあっていきましょう。

マーカスさんと温子さんには、ちょうど一年ほど前に、テネシー州オークリッジにあるY-12核兵器工場での抗議集会で会いました。この時初めて国際平和巡礼について聞いて、参加することを決心しました。それで、こうして今日この場にいます。核兵器の破壊的な性質へ関心を呼び起こす事は、紛争や議論を話し合いではなく、兵器で解決しようとするこの騒然とした世界で、とても重要な事だと思います。ブッシュ大統領は、「あなた方か、私たちの側に立つか、それとも私たちに対するか」というさいごつうちょう最後通牒を手渡すと同時に、大量殺戮兵器の使用さえもほのめかし、条約からは離脱し、そしてあらゆる国際法を完全に無視しています。これはただ時が合うというだけでなく、きわめて重要な巡礼なのです。

もちろん、核兵器は大きな方程式の中の、ほんの一部でしかありません。ウラン鉱山に始まり、その加工、そして原子力発電所へと運ばれるまでの大きな核燃料サイクルも解体されなければなりません。環境をまずきれいにする事、そして大量の放射性廃棄物を安全に貯蔵し、そして処分する方法を考えなければなりません。先住民の人々の土地を復興し、そして彼らに返すことも必要とされています。私は、多くの人へ直接巡礼に来て歩くか、または祈りや他の形でのサポートを通して、この巡礼の成功へとつながるよう、積極的に参加を呼びかけたいと思います。

私たちは徒歩のメッセンジャーとして、また暴力の連鎖と核のサイクルに対して、代替できる方法を目に見える形で示していきたいと思います。これは、私の旅ではありません。私たちの旅です。誰もが戦争の文化や、核のサイクルの一部を担っています。でも、力を合わせれば、全ての人類にとって平和でより良い世界を実現できます。ぜひ、世界平和と核のない未来へ向けて、私たちと共に一歩を踏み出してください。


ジェフリー・マッケンジー
「発言する軍人家族の会」共同代表
「ブリング・ゼム・ホーム」キャンペーン
「国際平和巡礼」行進者

2003年11月16日 メルボルン大学コープランド講堂にてスピーチ

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CNICより賛同のメッセージ
The International Peace Pilgrimage is a significant opportunity for the victims of the nuclear industry and for those who oppose the development of nuclear technologies to come together. This is the first time for these people from both Australia and Japan to be linked for the common purpose. It is especially important since we now face the critical situation around nuclear issues in Asia. I look forward to actions for abolishment of nuclear weapons and nuclear power will be empowered through strong relationships that will be formed through the pilgrimage. CNIC is the organisation that has been active for the last 28 years to stop nuclear power industry and we would like to express our respect and solidarity.
Japanese nuclear industry heavily depends on the import from overseas for the most of its fuel and about 20 per cent of that is coming from Australia. Also many electric and trading companies are shareholders in the development of uranium mining in Australia. They were involved with the development of disputed Jabiluka mineral lease and that was why the anti-nuclear groups in Japan were pleased to hear about the recent closure of the proposal. It feels almost too late for people to start working together when our countries have already had a deep relationship for many years.
The 5000-KM journey through Australia and Japan with having exchange programs along the way it will create a stronger solidarity with people. It is also a journey tracing a long journey of uranium transportation and use.
Uranium is the heaviest metal that exists in the natural world and also one of a few radioactive materials. When the uranium is in the ground it is on a long stable journey to become lead surrounded by daughters such as Radium, Radon and Polonium.
The half-life of 4.5 million years is almost as long as the age of the planet earth. Once the mineral is dug out and refined daughters are released into the surrounding environment and pollute the area.
In fact, more than 85 per cent of uranium ore is left in the tailing and it makes people and animals, vegetation that are living in the area to suffer. We should recognise the suffering of the Aboriginal people of this country, which was caused by the use of minerals that should never be touched. We should also realise that the modern life style with electricity is founded on the suffering of the Aboriginal people. I strongly wish this people's journey to be successful and will make us all realise about the reality of the nuclear industry.
Although Nuclear Power was invented in the mid-20th century the system is still the same old steam driven power generator. However, it is an important fact that more than ten million times radioactivity will be artificially produced after nuclear fission in the reactor. (Becquerel comparison) And it takes more than ten million years for the radioactivity to become low enough. Even the latest modern technology it is impossible to safely manage the artificial radioactivity for such a long time.
Human beings have experienced serious nuclear accidents already. People are still suffering from nuclear accidents such as the Three Mile Island in 1979 and the Chernobyl in 1986 today. Especially, children are vulnerable to the affect the accident at the Chernobyl much more than adults.
There have been many accidents in Japan that could lead to a serious catastrophe. For example, re-circulation pump fell out in the third reactor at Hukushima second nuclear power plant (NPP) in 1989. Two years later there was a rupture accident in the steam generator at Mihama NPP. Also we had sodium leak accident at the "Monju" in 1995, fire-explosion accident at the Tokai reprocessing plant in 1997 and also the uncontrolled criticality accident in 1999. In addition, there are just so many small accidents that could be well described as "there is at least one accident at some nuclear power plant in Japan every week."
There are 52 reactors in 16 different power plants in Japan. The biggest plant has seven reactors but the average is 3.2 reactors per plant. It is also noted that these plants are built close to each other in remote locations.
However, it proves that the government failed to secure the land for the construction of new power plants anymore. Reactors that are currently operating in Japan were planned before 1970 and we have not allowed any new reactor to be built after 1971 because of strong movement against any proposal to go ahead. Even prior to the 1970, Ashihama NPP in Mie was rejected and also the referendum that was held in Maki, Niigata rejected the construction of Maki NPP.
In 2002, a whistleblower revealed falsification of data from the regular check-ups and hiding various damages that were found during those check-ups.
Japan's nuclear fuel cycle is the pillar of its nuclear power policy. And Japan is aiming to enrich its own uranium and to begin using reprocessed plutonium.
Therefore they are building a commercial scale reprocessing plant in Rokkasho, Aomori. Once it starts operating, the full amount of rare gasses like krypton will be released into the environment and a significant amount of radioactive material such as iodine129, cesium, strontium and plutonium will be released because it is technically impossible to completely collect them and store.
It is said that the reprocessing plant will release as much radioactivity in one day as the amount that is released from a plant in per year. Many people are concerned about their health in the future once the dirty plant start operating. Now the movement against the reprocessing plant is facing a critical point since the company made an announcement to begin testing its system early next year.
Japan already has more than 33 tons of plutonium stored overseas and more than five tons stored domestically. Once the reprocessing plant starts its operation more plutonium will be produced. It could cause a global concern for the nuclear development in Japan and could threat the security balance in Asia. It will have a huge affect on the international politics.
It is not the world we desire nor reside with nuclear weapons and nuclear power plants.
People have stopped many nuclear power plant proposals or the use of plutonium in the nuclear technology. Unfortunately, it is not powerful enough yet to reverse the nuclear policy in Japan.
We strongly wish for this peace walk to become a bridge between two countries and will give hope and courage to people's movement towards abolishment of nuclear weapons and technologies. We wish you the every success.
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日本の原水爆禁止運動について

1.原水爆禁止日本国民会議とは
 今日は私の所属している原水爆禁止日本国民会議が進めている反核・平和と脱原子力の運動の紹介をします。私はそこで事務局次長をしております井上年弘です。
 原水爆禁止日本国民会議は、核と戦争のない社会を目指している非営利の平和団体です。日本全国に47都道府県に県原水禁組織があり、労働組合、青年・女性団体など25の全国組織が加盟し、その数約200万名の組織です。労働組合は、自治体労働者の組合や教職員の組合、公務員の組合、鉄道やタクシー、医療、放送分野などの組合が中心となっています。
 原水禁運動は、1945年8月6日と9日、広島と長崎に落とされた原子爆弾の悲劇と、1954年3月1日にビキニ環礁で行われた核実験で日本のマグロ漁船の「第五福竜丸」(英語でラッキードラゴンと呼ばれています)がヒバクしたことが結びついて、運動がはじまりました。私たち原水爆禁止日本国民会議は、原水禁運動を進める組織として1965年に結成されました。「核と人類は共存できない」という基本理念のもと、あらゆる核兵器、核実験の禁止だけでなく、原子力の平和利用、特に原子力発電の廃止を求める運動を続けています。その他にも、平和利用も含めて核被害者への援護と連帯の運動を積極的に進めています。
 「第五福竜丸」がビキニ環礁の核実験で被爆した毎年3月には、帰港した静岡県で「3・1ビキニデー」の集会を開催しています。過去にもビキニや太平洋の被爆者をお呼びし交流を深めてきました。また、原爆が投下された8月には、広島・名長崎を中心に「原水爆禁止世界大会」を開催しています。今年も広島に4500名、長崎に2500名が集まり、この中で開かれる国際会議には、世界各国から識者や活動家、核被害者などを招き、核のない世界を作るための具体的な道筋を模索しています。その他にも、日常的に国内外の市民団体、ヒバクシャ団体などと連携しながら、反核・平和を訴えるキャンペーン活動や、脱原子力の社会をめざす様々な活動を行っています。

2.核兵器廃絶に向けた取り組みについて
 具体的には例えば、核兵器廃絶をめざす取り組みはとして、あらゆる核実験に反対をして、座り込みやデモ行進などの抗議行動を行っています。アメリカやロシアの未臨界化育実験が行われるたびに、大使館への申し入れや全国各地での座り込みなどが取り組まれています。また、NPT再検討会議などの国際的な核軍縮の議論の場に派遣団を送るなど、国際的な動きと連携して活動しています。さらに、アメリカやインドやパキスタン広島・長崎の被爆者を派遣したり、原爆の悲惨さを訴える写真パネルやビデオを送るなど58年前の広島・長崎の体験を伝える取り組みをしています。現にいま、11月9日〜20日まで、アメリカに長崎で被爆した女性を送り、スピーキングツアーをしています。大学や高校そして市民団体などと交流を深めています。また、来月12月にも、広島に原爆を落とした爆撃機・エノラゲイの展示がされるということで、その展示が原爆投下された後の被害について何一つ触れられていないということで、その事に対する抗議とその惨劇の実態を伝えるスピーキングツアーも計画しています。また、来年、インドへも被爆者を送る計画があります。 私たちの原水爆禁止日本国民会議の立場の一つとして重要な点は、被爆の被害についても伝えますが、日本がアジア諸国に対して行った加害者としの責任についても問題にしています。自国の戦争責任を問うとともに、広島・長崎の被害を二度と繰り返してはならないと訴えています。
 その他核兵器の被害を訴えることとして、昨年は初めてフランスの核実験の被害者を広島に集めて、国際会議を開催しました。タヒチ、サハラ、フランス本国など、フランスの核実験被害者が一同に会する機会をつくりました。
 
3.脱原子力をめざす取り組みについて
 日本には現在52基の原子力発電所があり、その他にも核燃料再処理工場が東海村にあり、現在六ヶ所村にも建設進められています。その中で、日本の原発を動かすウランは、カナダや南アフリカなどに続いてオーストラリアからも大量に輸入しています。98年の資料では、全体の約20%相当をオーストラリアから輸入しています。オーストラリアERA社のレンジャー鉱山やジャビルカ(鉱山)からと言われています。
 日本の原子力政策は、原発で使用された使用済み核燃料を全量を再処理して、原爆の材料にもなるプルトニウムを取り出し、再度原子力発電所で利用するプルトニウム利用政策を原子力政策の中心に位置づけています。
 そのため私たちは、特にいま運動の重点としてそのプルトニウム利用政策の中止を求めて運動を強化しています。特に六ヶ所村に建設中の再処理工場の建設反対のキャンペーンに力を入れています。その一環として、先月の10月には、政府の原子力委員会との公開討論会を行っています。創り上げたプルトニウムを普通の原発で燃やすプルサーマル計画や構想増殖炉の開発にも反対して運動を進めています。
 その他にも、原発被曝労働者の支援や核のゴミ捨て計画に反対をして運動を強化しています。
 また、毎年4月26日には、チェルノブイリの日として、全国各地で集会・デモなどを行っています。
 わたしたちは、前にも紹介しましたように「核と人類は共存できない」という理念のもと、原子力発電についても反対の取り組みを強化しています。

4.最後に
 広島・長崎の被爆者の多くは、58年を経た今もなお苦しみ続けています。私たちは、こうした不幸な体験から学び、核と人類が共存できないことに気づきました。私たちの運動は、いかなる国のいかなる核実験にも反対し、軍事利用も平和利用(商業利用)も含めたあらゆる核に反対しています。自らの加害者責任を強く自覚し反省しながら、ヒロシマ・ナガサキの経験を世界に向けて発信し、「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ ノーモア・チェルノブイリ」の声を日本から広げていきます。

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アリソン議員
International Peace Pilgrimage
16 November 2003

Senator Lyn Allison

There are 30,000 intact nuclear weapons worldwide and 130,000 nuclear warheads have been manufactured, 55% by the US. The US spends $27 billion a year on armaments. Nuclear weapons have gone from a cold war deterrent to being a legitimate part of a war fighting strategy.

The rules governing war and the use and development of nuclear weapons have changed dramatically in the last couple of years.

The threat of terrorism has allowed the world's superpower to change the rules. What was not legal in the international sense has become legal. We have had a fundamental transformation of the system of law governing pre-emption. That was once about shooting down an aircraft that was heading for you, now it is based on guesswork.

The UN charter says that all members shall refrain from the use of force.

We are now living in a very different and dangerous world.

The Nuclear Non-Proliferation Treaty and the Comprehensive Test Ban Treaty are in tatters. The New Agenda Coalition of middle powers is being ignored.

Australia with just 21 million people is a small player on the world stage. At certain periods in history, however, our role in nuclear disarmament was significant. Australia has no nuclear weapons and it generates electricity from coal and hydro rather then uranium.

Our governments even banned depleted uranium from armament back in the 1980's for the sake of troop safety but, like so much of our history, we compromised this stand by allowing our soldiers to be exposed to the DU used by the US and the UK in the attack on Iraq this year.

I am very critical of the Australian government's failure to seriously pursue disarmament. Richard Broinowski, former Australian diplomat, in his just released book on Australia's history of involvement in nuclear disarmament says:
Australia's politicians and nuclear diplomats have allowed themselves to be completely circumscribed by US policies and pressures.

Our government, like those before it, claims to be at the forefront of nuclear disarmament. Australia backs the International Atomic Energy Agency and the Nuclear Non-Proliferation Treaty. Indeed, Australia's diplomatic efforts were instrumental in the passage of the Chemical Weapons Convention, the Comprehensive Test Ban Treaty and the indefinite extension of the NPT.

However, Australia is also the third largest exporter of uranium and no one seriously imagines that none of it ends up in weapons.

Our governments, since the 1950's, have mostly acted on the assumption that engaging in the nuclear cycle was essential for Australia to be taken seriously on the global stage. This engagement comes at significant electoral risk because Australians, like people elsewhere, overwhelmingly support disarmament. Around two million people took to the streets opposing the war on Iraq. They also oppose uranium mining.

Uranium mining in the Northern Territory has been dogged with scandalous leaks and spills of radioactive materials into wetlands and streams. The Jabiluka uranium mine, set in the heart of Kakadu World Heritage Area in the Northern Territory was this year forced to close just before it was to go into production.

I initiated and chaired two Senate inquiries into uranium mining. These and a ten year campaign of public and Indigenous opposition to this mine finally persuaded not the federal Government but Rio Tinto - the mine's new owners - that despite investing millions, the company would duffer more from public condemnation for processing with a mine that was so culturally and environmentally sensitive.

Australia earns an mere $A300 million from the three mines that produce, all up, about 8,000 tons of yellowcake a year for export It is a tiny fraction of current mining exports but there are more than twenty licenses for new uranium mines that could spring into production soon.

Maralinga
Behind our hosting the British tests in the 1950s and 60s, was the hope that our generosity would give us an inside run on nuclear weapons technology. There was probably broad public support immediately after WWII for the concept of a nuclear deterrent but proposals for Australia arming itself with nuclear weapons were always hotly contested. It also turned out that the UK had no intention of sharing its intelligence with us any more than the US would with England.

The British tests at Maralinga made people suspicious because of the secrecy and the mistakes that led to radioactive fallout hundreds, even thousands of miles away, that contaminated pastures and high levels of radioactivity was found in milk and vegetables.

A study done by an endocrinologist released last month showed that the incidence of papillary thyroid carcinoma in women in Tasmania had increased by an average of 24 % every year for the last 20 years. Ionizing radiation is the chief risk factor for this thyroid cancer and the culprit is likely to be British testing in the 50's at Maralinga.

We gave the British huge tracts of our land to contaminate without thought of the indigenous people who would live with the radioactivity. The Kungka Tjuta people were given no warning of the 10-kiloton blast and mushroom cloud or the black mist that engulfed them in October 1953. They said
Everyone got sick… dropping here and there, crippled, sick, short of breath. Died.

We have a compensation fund for the indigenous people affected by the tests. Out of hundreds of claims, a handful of Aboriginal people was given a few thousand dollars in compensation.

The cleanup of that site two year ago - funded by the UK - was to be nitrification of the test debris in pits in the ground but an explosion halted progress, the glass blocks were broken up and the heavily plutonium-contaminated material simply covered with a meter or two of soil. No concrete lining, no way of securing the site from exposure of that plutonium a hundred years from now.

The surviving veterans of nuclear testing in France organized a conference in Paris two years ago and discovered that governments in all the weapons testing states had treated their test workers shamefully - medical and exposure records mysteriously went missing when veterans took governments to court for compensation, proper warnings and protection were not provided and levels of exposure were many times higher than would be permitted today.

Out of that conference the Paris International Nuclear Test Network was born and small wins in the U.S., Tahiti, Fiji, New Zealand and Australia are emailed around the globe to become demands on other governments.

The New Zealand government is funding a blood test on veterans, which is expected to show the DNA effects of exposure even 50 years ago. The results are due next year. French doctors are now collecting blood samples from Tahitian workers.

Australia is doing its own study of mortality and morbidity of veterans but two years on little more than the roll of workers has been established and the committee overseeing the work is racked with division over protocol and statistical validity on the methodology.

Nuclear Diplomacy
Whilst the vast majority of Australians raged against the last French tests in the Pacific in the mid 90's, our government protest was, to put it mildly, diplomatic and had more to do with testing than the wider implications of France being a Nuclear Weapons State.

Australian governments are much happier to join the UUS in criticizing Iran and North Korea than tackling Israel or China for their nuclear arsenals. My own efforts in the Parliament to get the Howard Government to quiz the Bush Administration on its cavalier threats to employ mini nukes on Saddam Hussein's bunker busters, were treated with disdain.

President Bush rewarded our Prime Minister last month when he addressed our Parliament, calling Mr. Howard a man of steel for being so willing to send our troops in for the unlawful attack on Iraq.

Australia appears disinterested in the implications of new US rhetoric that places new nuclear weapons technology alongside conventional weapons in a seamless continuum. The US shifted some time ago from a policy of cold war non-use deterrence, which most people understood, to a combination of missile defense and tactical counter proliferation, including pre-emptive strike, justified by S11. This has polarized opinion about Australia's relationship with the US.

I think it has also diminished and perhaps confused public support and pressure for nuclear non-proliferation initiatives. Missile defense gets little press and is not taken very seriously by the Australian public. Most would think of Ronald Reagan's star wars as being as fictitious as his roles on the silver screen.

Few would realize that successive presidents have built on Reagan's missile defense concept and each year, George W Bush has received $7 to $8 billion for the program, rising to $9 billion for 2004 - the year the first deployment is anticipated.

Australia again has a long history of supportive engagement in missile defense. In 1995, our government cooperated with the US on Project Dundee at Woomera - not far from Maralinga - a research project for tracking rockets and developing communications technology - a precursor to the National Missile Defense Scheme.

Australia contributes now to the US missile defense via the Pine Gap so-called Joint Defense Facility in the central desert. It is the largest CIA outfit outside the US.

Pine Gap collects intelligence via geostationary satellites that eavesdrop on a variety of radio, radar and microwave signals. It provides the US with vast amounts of intelligence data from the Middle East, Russia, China, Southeast Asia and the Pacific. It was crucial to the US in its attack on Iraq. The Medical Association for the Prevention of War and other groups stages a huge protest at Pine Gap earlier this year.

But few would realize that Australia hosts nine seismic stations, four Echelon bases, Military Airlift Command at four RAAFF bases and all airforce bases and many civilian airports and seaports elsewhere are available to the US when required.

Negotiations are underway to reopen the US naval communications base in remote northwest WA. The base uses very low frequency radio equipment to talk to submerged submarines and was set up by the US Navy in 1963 as part of the global US nuclear submarine force communications network.

At the time it was highly controversial because of fears that the base would be used to transmit orders to US submarine fleet to launch missiles in a nuclear war. The news to reopen the base hardly raised a murmur.

News reports suggest the US will move most of the 20,000 marines presently in Japan to bases in Australia.

Our government agreed to join the US in attacking Iraq as far back as July 2002 but, even when our troops had been pre-deployed and were languishing in the Gulf for weeks on end, it maintained that no decision had been made. Unlike the US or the UK, Australia's constitution leaves it entirely in the hand of the executive of government to decide on committing troops to a war zone.

Australia seems as disinterested in the establishing effects of the attack on Iraq as it is about the effect of star wars on non-proliferation efforts. We have already joined America in rehearsing interdiction of shipments of weapons grade material that might be sent from Pakistan to North Korea, despite the fact that this is likely to be provocative and at odds with international law.

NAC
Australia pays scant regard to the non-proliferation efforts of the small and middle powers. At the sixth Review Conference of the Parties to the NPT, out foreign minister announced a six points 'Anzac Plan' of non-controversial options that the US supported. He did not challenge the five nuclear weapons states who declared their unequivocal commitment to nuclear disarmament without outlining any new measures, timetable or program of action they would take to eliminate their own weapons.

He opposed the modest proposals of Pacific Island nations to monitor and control the increasing frequency of shipments of highly radioactive nuclear materials through their region.

He also tried unsuccessfully to remove a text, which had consensus support in 1995 concerning the 'serious environmental consequences resulting from uranium mining and associated nuclear fuel cycle activities in the production and testing of nuclear weapons.'

The government does not have the numbers in the Australian Senate where my party - the Australian Democrats - holds balance of power. We put up a motion calling on the Government to support the New Agenda Coalition, which was agreed to by a majority in the Senate.

Despite this, Australia did indeed vote 'no' to resolution L40 on missile defense and abstained on the New Agenda Coalition resolutions as a whole in the UN Disarmament Committee this week saying they would only support a resolution that was "practical and realistic, capable of winning wide support, especially from the nuclear weapons states".

Australia objected to the criticism of nuclear weapons states and says that terrorist developments have made the NAC outdated.

Australia did join Japan in sponsoring a path to the total elimination of nuclear weapons but this is not as strong as the NAC resolutions.

On the government front it is not an optimistic picture from Australia, however, a Peace Pilgrimage is walking across Australia later this month, peace networks are thriving. Dr. Douglas Rokke came to speak about DU and was covered widely in the press; Dr. Michio Kaku came from Japan to speak at a conference on ballistic missile defense organized by the Global Network Against Weapons and Nuclear Power in Space. And we have had peace picnics and events throughout the year.

Last week I was at a conference of the Parliamentary network for Nuclear Disarmament in Vancouver.

We agreed that it was time to criminalize nukes. Their manufacture, possession and use need to be treated as war crimes. We need to be clear that nuclear weapons are immoral and illegal.

It seems a daunting prospect with the nuclear weapons states being so powerful but it is our responsibility to get the debate going in each of our countries.

Our New Zealand MP said at the conference: The great only appear great if you are on your knees. So stand up.

I think it is what we must do.

Senator Lyn Allison

Leader and Nuclear spokesperson
Australian Democrats

62 Wellington Parade, East Melbourne, VIC 3002 Australia
senator.allison@aph.gov.au
Tel: 03-9416-1880
Fax: 03-9417-1690


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